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               ・・・・・・まえおき・・・・・・    

 

英語をものにする秘訣はたしかにあります。

努力をつづけることでしょう。いやみなようですが、上達するにはそれしかありません。

「○○しているだけで自然と」英語ができる……それがもし本当なら、
語学というもの自体が世界中から消えてなくなるかもしれません。

それで、 三日一週間なんとかはなっても、つらい努力をそれ以上続けるのは まさしく つ・ら・い。 
憂鬱なのはそこです。つらい努力を永続することができるのは、非凡な人だけでしょう (違う?)。   
 

でもがっかりしないでください。救いはちゃんと用意されていました。

努力の全てが辛いわけではありません。つらいのは正しくない努力ではないでしょうか。

正しくない努力? 楽しい努力?    

そうです。振返って考えてみてください。正しくむくわれる努力は楽しかったと思いませんか。
正しくむくわれる努力が正しい努力で、ちゃんとわかれば正しくむくわれていると実感できます。
でも問題はそこにあります。ちゃんと解るためにはちゃんと説明してもらわなければなりません。

そんな授業でお迎えしているのがマスカル英語塾です。

言葉をまなぶのはいい歌をおぼえて歌うのが楽しいのと同じように、ほんらいは楽しいことでしょう。
でなければ、赤ちゃんがいつのまにかお母さんの言葉を話しだすことはついにないかもしれません。

それなのに多くのかたが英語でつまづいたまま立ち上がれません。どうしたことでしょうか。

必要な時にちょっとした説明が、ちゃんとした説明がなかったから、
それにちがいなくて、たぶんそれだけなのです。

基本をきちんと理解しながら学んでゆくことの力強さと楽しさは、やみくもなつめこみ学習からはえられません。
努力が正しくむくわれれば楽しさはつきません。楽しさは意欲を高め、興味を深めます。

当塾に学ばれる皆さんを拝見していればそれは確信できます。
お一人お一人の生の声をお聞きくださるのも参考になるでしょう。

蛇足になりますが冒頭に申し上げたことの結論を加えさせていただきます。

英語をものにする秘訣はたしかにあります。努力をつづければいいのです。
それには努力が楽しいものであればいいのです。単純かつ真摯な結論です。

 

 心ははやにはやれども、春からずっとカラ回り……そんな初級者のかた、
 あれもためしたこれもためした、あの学校もこの教室も。
  もうイヤ、とは言わないが何とかならないか……そんなかた
 きちんとした英語を基礎から正しく学びなおしてまだまだ育ちたい……そんな熟年のかた、
  もっと上のかた、さらに上のかた
 どこかでつまずいてもどかしい思いの中学生、もっともっと伸びたい高校生、
  英語を絶対の自信課目に囲いこんでしまいたい小学生
一度おこしください。実際にごらんください。体験いただいて受講申し込みをお勧めしたり、お求めなく電話をさしあげたりすることはございません。
「もっと早く知っていたら」「最初からマスカルにしていれば」ただそう感じていただければと思っています。
 意欲と興味が よりたかい意欲と興味につなげられるのでなければ それを正しい勉強法とは、ある意味で、
言えないのではないでしょうか。
授業料が高いからすなわちいい塾では決してないことも知っていただきたいと、そんなふうに考える英語塾
です。
 

少しくどいかもしれませんが、この先もごらんくださればうれしいです:


・・・・・・本論・・・・・・


    こう考えます

中学卒業のころの日本語能力を考えてみてください。                   
たいていのことは理解し表現する力をみなさんすでに身につけておられたはずです。
 じつはそれにちかい英語を私たちは中学校の3年間でならっています。少なくとも
骨格は充分です。
中学英語を正しく習得していればその程度の会話をこなす下地はじゅうぶんできています。

 英会話学校ではたぶん言ってくれませんが、中学校でつかわれる英語テキストはすぐれた会話テキストでもあります。とくに最近のものはそうです。 逆に、そこにふくまれている基礎が身についていなければ
せっかくの費用をかけても、ネイティブの先生についても、気休め程度にしかなりません。

でも中学卒業といえば15才ですか。15年かけてまなんだ日本語と同程度の英語が中学のわずか3年間で習得できるなんて理屈にあわない?   
すこし誤解があるかもしれません。
 幼児がゼロから母国語を習得するのと、日本語による一定の言語感覚も多くの知識もすでに身につけたおとなが外国語をまなぶのとでは、事情が大きく異ります。論理思考力を身につけた大人なら、理論にもとづいた効率的な学習をすることが可能です。またそうしなければうそです。

一にも二にも聞きおぼえで、幼児が母国語をまなぶように口まねしなさいという外国語学習法があります。重要な基本がそこにふくまれていることは以って肝に銘ずベシです。
 ですが一方でその効用を
過大視しない配慮もまた必要でしょう。もしあらゆる状況であらゆる人にとって万能ベストの英語学習法がそれなのだと結論づけるなら、十羽ひとからげの早計にすぎます。
 口まねとくりかえしだけで言葉と文章を積み重ねるのは、記憶力の鋭敏な幼児にとくに効果的ではあっても万人に効率的とは言いかねます。

いまひとつ考えてみてください。英語のエキスパートたる英米人はどうかです。彼ら彼女らは文法も理論教育もなしの口まねと聞きおぼえだけであれまでになれるのでしょうか? なれたのでしょうか?
 まるでそうであるかのように言う人がいます。とんでもありません。生まれた瞬間から英語の洪水の中にいてさえ、学校教育での英語の時間なら私たちよりはるかに上です。私たちが小学校以来どれだけの時間を国語学習に費やしてきたかを思い起こしてみてください。

より効率的に正しい目的地に到達するための案内地図のようなものが理論学習と言ってよいかと思います。そこに生まれ、そこに駆けずり回って育つ土地の人々よりも、初めてそこを訪れる外国人たる私たちにこそ絶対必要なものが案内地図です。その私たちが、地元の人がいちいち見ることをもはやしないからと言って、案内地図をアタマからしりぞけていったいどうなるでしょうか。
 あるいは私たちはどうでしょう。国語の時間にただひたすら「日本語」テープをきいていたりするかどうか、したかどうかです。そんな非能率な授業はありえません。英語でも日本語でも事情はおなじです。

日常生活のあらゆる場面にあふれる母国語を耳から自然に吸収しながら学べばよいのと、現実にはめったに接しない外国語を多忙な社会人が知的に学習するのとでは事情に異次元の差があります。これをもし同列に語るなら、ナンセンスまたはとんでもない無責任であるとあえて申し上げざるをえません。
 わからない言葉をわからないままに
回ほどもくりかえし聞いてなれても、ただそれだけで理解はできません。もし可能だというならそれこそがネイティブだからでしょう。英語の日常生活がそこにあって自然な検証を日々加えてくれるからです。でも私たちにそういうものはありません。理解できない言葉を理解できないままに聞いていてあるとき自然とわかるような、そんな英語の日常生活が私たちにはないのです。おそらく百回も千回もただ聞き流すだけではついにムダに終らざるをえません。
 英語の基礎を理論的にしっかり理解してこそ、ムダを避け、百回を百回ぶん役だてることが可能になります。その基礎が中学英語にはふんだんにふくまれています。存在があまりにもあたりまえすぎるため、不足ばかりがとりざたされて教材としてのすばらしさに気づいてもらえないのが学校英語テキストですが、これをしっかり学習しなおすことこそ、実は多くのかたにとって英語上達への
ズバぬけた近道なのです。そこまでの確信はたとえなくとも、それに近いものを何となく感じておられたかたは少なくないのではないかと思いますが、その勘は正しいです。

 テレビラジオの英語講座を聞けばいろんな表現を教えてくれます。なるほどと思うドンピシャ気のきいた表現を次から次へとくり出してくれます。しかもお金はかかりません。それに比べれば教科書にのっている表現はあまりにもあたりまえで”ダサい”と思われるかもしれません。
 それは
思い違いです。わたしたちにまず必要なのは「奥が深い」の類いのスポーツ評論的表現や「わたし的には」などのバラエティーショー的表現ではありません。「むずかしい」「容易ではない」「学ぶべきことがたくさんある」、あるいは簡潔に「私は」など、基本的な言葉を使ってのすなおでしっかりした、どこに出しても恥ずかしくない表現です。しっかりした核になる表現と基本的な表現形態を正しく修得することではないでしょうか。
 毎年4月に始める人の数に比べて、テレビ・ラジオ講座を3月まで続ける人の数は“飛躍的に”少いようです。なぜでしょう。楽しくないからでしょう。どうしてでしょう。わからないものは結局わからないままで次々詰め込むだけだからです。負担感と義務感ばかりがつのるのではないでしょうか。「そこ、もうちょっと説明してくれればいいのに」「私の疑問に気づかないのかしら」といった
イラダチはしばしばです。モヤモヤの上に降りつもる義務感と負担感ではちきれてしまう人が大勢いても不思議ではありません。

 機械は機械、それも理由でしょう。‘
聞かない耳’と見ない目’がつくる壁の表情’に、心の弾むことはありません。こちらのハラハラもワクワクもイライラモヤモヤもきちんと感じ取って反応してくれる先生との差は天地の開きです。
軽く見ないでください。そんな‘人間的な’原因に挫折を容易に呼び寄せうるのが私たち‘人間’です。壁の表情には決して乗り越えられない重大な壁です。お手軽便利な留学機械も、それが挫折の原因になりうるなら便利でも何でもない流学機会にすぎません。機械の映像と音声やそれに類したものでじゅうぶんなら、膨大な金額をかけるまでもなく安いWebサイトやメディアがたくさん見つかる現在です。それではすまない役割をになってこその塾・学校・教室ではないかと考えます。

 膨大すぎる表現の大海原に行き着く岸を見失うよりも、小さな池をおぼれず対岸まで泳ぎつけるようにまずはなりたい。太平洋の入り口で“前途洋々”息を切らせて沈没するよりも、小さな池の小さな嵐を乗り切れるようになりたい、まずはなっていただきたい。そう思います。

 最近のわたしたちはすばらしい日本文学にめぐまれています。感性直撃の鮮烈な語りかけにはごく基本的であたりまえの素直な言葉が使われています。かつて主流をほこった高度高邁いかにもてらった言葉・表現はむしろ例外的です。長い試行錯誤の末文学がついに本物になったのでしょうか。あるいは「もっとすぐれたものは基本にたちかえる」という気もします。教科書英語にはそういう面があります。

 空にそびえる五重の塔が外に見せるものは涼やかにそびえる勇姿だけです。骨組みを見せることはしません。ましてや基礎打ちのころの姿を人に見せることは決してありません。そういうものです。ですが基礎打ちも骨組みも決して省略して建ってはいません。そういうものなのです。
 どれだけ
お金をつもうと必要な努力をなしですませる方法はありません。もしあるかのように見えれば商売目的のまやかしだと思ってください。お金をたくさん積んでほしい人はたくさんいます。でもそれで必要な努力の肩代わりをしてくれる人はいません。当然です。不可能です。気休めにお金をかけるよりも、そのへんをしっかり見据えて正しくやりましょう、楽しいやりかたで楽しい努力をしましょう、というのがマスカルの主張です。楽しく続けるうち前進しているのを知ればもっともっと楽しくなります。それが次の頁、次の章へのさらなる原動力になります。

(お読みくださってありがとうございました。)

 

 

メカニズム              

 美容がそうです。医療もそうです。環境対策も、すべてそうですが、
敵のメカニズムがわかれば対策がとれます。

 英語もそのメカズムがわかれば対策がとれないでしょうか?

 多少の可能性は考えられます。じめな話です。ナニナニ方式でアッと言うまに
寝ているまにのたぐいではありません。まじめなら可能性は考えられます。
 語学に
魔法の道はありません。それでなければたった一つのナントカ方式を 
残して全ての語学学校・教室・塾はただちに閉鎖でいいのです。そうではない
からこそ、努力なしには解決しないからこそ誰もが挑戦し続けます。ギブアップして、
魔法に期待をかけて、やっぱり魔法はないことを悟るために多額の費用もかけて、
そしてまたトライします。そしてまた、ギブアップ。
 そんなかたも
スタートしばらくのことを思い出してみてください。ギブアップ
メカニズム解明の鍵がそこにあります。

 
どこかに通ったにしても、独学にしても、長かれ短かれ、最初しばらくは熱中する
ことができたと思います。でも次第に負担感が重くつのっていったかと思います。
たくさんの規則・単語・フレーズを覚えなければなりませんから。
 でも
実は、たくさんの規則単語フレーズを覚えることはそんなに難しいことでは
ありません。1日わずか10個の言葉を覚えれば、1年後には3,650の言葉が自分の
ものです。3,650の語彙があれば中学英語は片目片足で悠々らくらくパスです。
1日5個でもらくらくパスです。そして日常会話には中学英語で十分です。
 よく耳にする論法です。私の
中学の先生も似たことをたしか言われました。
でもその計算式は残念ですが機能しません。忘れますから。
せっかく覚えても忘れます。覚えても覚えても、忘れて忘れてします。泣きながら
脳ミソを掻き出して道々ぶちまけてしまいたくなりますが、それでは元も子もないと、
決意も新たに毎日繰り返します。 
 10日ひと月は夢中ですからそれもそう難しくはありません。100から300の言葉を
日ごとに繰り返すのは至難というほどのものでもないでしょう。2ヶ月ならどうでしょう。
半年後は?
 600、1000、1500となってくると毎日
お経のように繰り返すのはそれこそ修行僧
にふさわしい負担かもしれません。毎日英語だけやっていればいいというわけ
にもまいりません。このあたりからギブアップが始まります。
 言うまでもありません。
本当に難しいのはいったん覚えたものを維持することです。
 
さてここまでメカニズムが解明できたからと言って、サーってらっしゃい
見てらっしゃいというわけにはまいりません。万能薬はどこに行っても売ってません。
ではどうすればいいのかと言えば、ごく当たり前のことなのに多くの場合に
見過ごされている基本へもどります。
 よく学びよく
遊べと言います。遊びの中に学びの実践が隠されているという
意味でもあるのでしょうか。よく学んで、よく遊ぶことが基本です。語学で『遊び』に
あたるものがネイティブとの会話ではないでしょうか。そう考えて的外れではないと
思います。
 基礎学習をしながらネイティブクラスを受けられ
ればそれが理想です。どんな
効能書きよりもすぐれた効果をあらわします。基礎学習したものを忘れないために、
或いは思い出すために、その効果は大です。なのにどうしたことか、この点を指摘
してくれる人はあまり多くありません。耳にし、目にするのは、いわば片手落ちの
学習における我田引水の声高の主張です。
 あまり指摘されないことがもう一つあります。基礎学習がネイティブクラスへの 
興味を刺激し、逆にネイティブクラスが基礎学習への興味を強く刺激するという、
えがたい
相互効果です。実際やってみれば疑問の余地はないのですが、やはり
指摘を聞きません。どうしたことでしょうか。本当に不思議です。

何かの陰謀でしょうか。まさかそんなことはないと思います。時間と費用の問題
でしょうか。おそらくはそうかもしれません。上記で、基礎学習をしながらネイティブ
クラスを受けられ
ればと言いました。問題はそこにあるのかもしれません。
費用と時間の問題です。
 でも、機械から流れてくる昨日も今日も、たぶん明日も変わらない目なし耳なしの
オトと、目を向け耳を傾けて自由に機敏に反応してくれる先生との差は、費用と
なけなしの時間くめんにひと汗かくにじゅうぶん足りる差ではないかと思います。
費用の問題は、以下のコースが解決を与えてくれることを期待します。
それでも時間の問題は残ります。こちらは難問です。さてどうでしょう。

 

 


マスカルの小中学生をご紹介します

マスカルの小中学生部常設クラスは
まだやっと現在18人の小さな家族ですが・・・


 11人の中学生が、1年生で英検準2級をはじめ、2年春で3級4人、3年で準22人、
受験者全員が合格で、ほぼ全員が最高点側に近い悠々パスのにぎやかな躍進を見せて
くれました。そのことに重要性があると考えるわけではありません。またたまたまのことも
あります。ただ驚いたことにマスカルではこれまでのところ不合格例は過去ゼロに等しい
結果を出しています(大人も含めます)。
 希望に応じて直前の指導は行いますが、受験を勧めるわけですらなく、また背伸び受験
にも反対はしません。励みになるなら何だってかまわないのです。成績もあくまで参考材料に
すればよいことです。その結果が上記のとおりです。
 率直に言って半年前、
1年前、マスカルに来られる前から優秀だったとは申しません。
帰国子女などの特別の背景も誰一人もっていません。それなのにアッと言う間に伸びて
驚かせてくれます。底辺からトップクラスへ、学年トップへと劇的に躍り出る例が次々続き
ます。そんな彼らもウカウカしてはいられません。マスカルでは小学生も新人も短期間で
メキメキ力をつけて追いあげてくるからです。
 ではみんなよほど歯を食いしばってさぞ目を吊り上げて……かと言えば、とんでも
ありません。がんばるのはがんばります。
1ヶ月2ヶ月たたないうち驚くような変身ぶりです。
でも、悲壮さや重苦しさはありません。5月の風のような、光がしぶきをあげそうに明るい
笑顔をぜひ見てあげていただきたいです。みんなほがらかで、そしてそんなクラスだから
こその仲むつまじさです。今どきこんなに思いやりあう子供たちの姿が見られるとはまた
思いもよりませんでした。英検成績にも負けず嬉しいです。(ひょっとしたら生涯無二の友人
との交わりがマスカルでいま芽吹いているのかもしれません。)
 入塾ホヤホヤ最年少小4の大輝クンはおとなしくてみんなで心配しましたが、まったく
的外れの心配でした。初回から元気いっぱいファイト満々でやはり驚かせてくれました。
明日にもお兄ちゃんお姉ちゃんたちを追い越さんばかりの勢いです。それをジュンちゃん
ダイゴくんも優しくにぎやかに応援してくれます。

※以上が2006年末の事情でしたが、2007年1月2月でさらに9人の、全員さらって
しまいたいほどかわいい仲間たちが加わってくれてにぎやかになりました。
そして2月、また英検受験。大人クラスからお2人と、小中学生8人が受けました。うち8人が
悠々らくらく合格、1人が”悠々”すれすれの効率よさで合格、お一人だけまた次回がんばり
ましょうという結果でした。
 特に受験をお勧めしないとはいうものの、受けられればやっぱり結果は気にかかるしまた
楽しみです。「次回がんばりま賞くん」は事情で準備レッスンに半分も出席できなかった
ことを思えばガッカリする理由はありません。実力だけでは必ずしもうまくいかないのも
残念ながらしかたのない事実ですから(身びいきの負け惜しみが過ぎますか? でも本当
です)。
 大人勢はともに3級受験でしたが、「2次試験は頭の中が真っ白で何を問われて何を
答えたのかさっぱり憶えていません」とおっしゃっていたFさんも軽くパス。真っ白の頭で
その得点なら実力は満点以上です。また、「この歳で英語がこんなに楽しいと思える
なんて」といつも頬を染めておっしゃるTさんはそれほどのお歳でもありませんが、でも
70代のちょうど半ば。その年齢も軽く越える得点率でやはり悠々パスですから、私も
飛び上がって喜びました。
 この快進撃がどこまで続くかはわかりませんが、いったんご紹介を始めた結果報告
ですから、これからも事実どおりのご報告を続けていきたいと思います。(万一あまりな
結果になれば中止にするかもしれませんが。)(ブログというものにすればよいのでしょうが、
やりかたがわかりません。そこまでの時間もございません。その代わりに、英検受験
結果の今後の歩みを別頁にまとめて記す考えです)

※いちばん上のお兄ちゃんお姉ちゃんはいつの間にかもう高校1年生。どうしてだか
涙が出そうになります。後輩からとても慕われています。よく面倒をみてくれるから
当然です。その下で面倒をみてもらっていた子がまたその下の子の面倒をよくみます。
幼くてもこれはもう立派な社会人としての急成長の姿です。そして英語はもちろん
堂々たるもの。そんな素敵な順ぐりの様子を眺めているうち気づけばいつの間にか
もっとにぎやかになっていて、4月で41人、大変なエネルギーです。入ってくださった
ばかりの方だって、しばらくすれば必ず堂々の先輩です。本当に一生懸命がんばり
ますから。今までつらい思いをしてきた人も大丈夫。つらい思いをしてきたからこそ
大丈夫。心配しないで。

 


 

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